Pisa


15 April 2001


倒れそうで倒れないピサの斜塔

ピサ

ダビデ像

 

Pisa01.jpg (59323 バイト)
ピサの斜塔

 

ピサ
ピサはフローレンスの隣町、電車で1時間の所にある。翌朝、駅前でミネラルウォーターを買って電車に乗った。K君のカバンの中には昨夜ホテルの部屋においてあった大きな菓子パンを入れて、昼飯代わりになるかもしれない。たぶん、イースターのお祝いで各部屋に配ったのだろう。

車窓から遠くに見えるアルプスはまだ雪をかぶっており、昨日と違って晴れ上がった空の下に、のどかな田舎の風景がひろがっている。昨日、美術館の横を流れていたアルノ川に沿って電車が走り、ピサのすぐ先で海に出る。

ピサの駅前はのどかな田舎町で閑散としている。駅前でバス停を探してウロウロしていると、トントンと肩をたたく人がいる。見ると一人のおじいさんがイタリア語で話しかけてくる。「ここじゃない。あそこの停留所で3番のバスに乗りなさい。」と言っている様で、身振り、手振りでだいたいわかるからすごいものだ。
グラッチェ」とお礼を言うと、「チャオ」と言って立ち去った。切符売り場で切符を買い、言われたバス停で待っていると、小型のポンコツ車を運転して、またあのおじいさんがやって来た。(ひょっとして乗せて行ってくれるのかな?)と期待していると、バスの表示板を指して「アー、アー」といっている。あー、やっとわかった。A(アー)のバスに乗ってもいいと言っている。まったく面倒見のいいおじいさんだ。

そのAのバスに乗ると、ものの5分も経たないうちにDuomo(大聖堂)に着いた。一番奥に、あの有名な塔が傾いて立っている。残念ながら、現在修復作業中で、上にのぼることは出来ない。中央をワイヤーで引っ張り、傾きと反対側の地中の土を抜き取り、傾きを少し元に戻すらしい。こんなんで本当に効果があるんだろうか。帰りは歩いて駅まで帰ってきたが、途中街を横断しているアルノ川を渡ったが、街の大きさといい、川沿いの家並みといい、フローレンスとそっくりなのに、ここは、塔が傾かなければ単なる鐘楼、何の変哲もない田舎町。かたやルネッサンスの発祥の地。違いはフローレンスには大富豪メディチ家がいたことだけか。イタリアの歴史を調べてみるのも面白そうだ。

駅前まで戻ると、K君が中国語で話しかけられてドギマギしている。相手も気がついたのか、今度は英語でピサの斜塔までどう行けばいいか聞いてきた。「ここを真直ぐ行けば、30分で行けますよ。」 K君は、どうも中国人と見られたらしい。

ダビデ像
ピサから帰ったその足でアカデミア美術館に向かった。ここでも入場待ちの行列を作っていたが、30分で入ることが出来た。中には、中学校時代、美術の時間にスケッチしたこたがあるダビデ像の全身像がある。左の肩に何を持っているのかわからなかったが、あとで物語を調べると、豪傑ゴリアテを倒した石と石投げ紐らしい。4.1mの立像の全身がきわめてリアルだ。彼は包茎だったのか?(変な所につい目がいってしまう。)

一口メモ(イタリアの電車

ミラノの駅も、フローレンスの駅も、まるで終着駅のように見える。同じフロア−に20近い番線が並び、空港と同じように電光掲示板が出発時間(予定、遅れ)と番線を表示してあり、どの番線から出発するか直前までわからない。アナウンスは、時々到着時間の遅れを放送するだけなので、乗客は辛抱強く、自分の列車が何番線から出るか表示を待っている。表示されたら、いっせいにその電車に向かって動き出す。日本のような階段の登り降りが必要ないので動きやすい。
我々の乗る特急列車ユーロスターは、ローマ発ミラノ行き。フローレンスは途中駅だが、頭から駅に滑り込み、尻から出発する。昔の山登り列車のスイッチバック方式のようなものだ。列車の座席はコンパートメントで向かい合わせのため、日本の新幹線のように方向が変わる度に座席の方向を直す必要はない。

切符は自動改札で、ゲートはない。乗る前に近くの黄色い小さな改札機で日付と時間を印刷するだけ。切符の有効期間が長いので、もし車内改札で日付・時間の印刷がないのが見つかれば、キセルとみなされるらしい。しかし、我々の切符が一度もチェックされなかったところをみると、結構無賃乗車があるのかも知れない。

(To be continued )

 

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