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Firenze


13-16 April 2001


花の都フローレンス

ベニス出発

フローレンス到着

ビーナスとの出会い

 

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ミケランジェロ広場から見たフローレンス

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アルノ川と
ポンテ・ベッキオ

 

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ポポリ庭園

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ビッティ宮殿

 

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フローレンスの
Duomo

ベニス出発
ベニスを出発した列車は、一路南下しフローレンスへ向かった。6人掛けのコンパートメントは予約席で、若いカップルと、中年のオバさん、そして我々2人が向かい合って座った。
このオバさんは、遠慮ない大声で携帯電話で話し出すし、若いカップルは人目を気にすることもなくイチャイチャするし、全くイタリア人は、人の迷惑を考えない人種なのか。

それでも、車窓から夕暮れのイタリアの田舎の風景を楽しんでいると、桜が咲いている。この寒さは、日本の3月くらいなのに満開の桜が見える。イタリアで桜を見るのは妙な感じだ。

イタリアの列車はほとんどアナウンスをしない。3時間の旅で、アナウンスは「食堂車の準備ができました。予約の必要はありません。ご自由にどうぞ。」の1回だけだった。時間が来ると音もなく出発し、途中駅には少し前から減速するので気が付く程度。不覚にもフローレンス到着時間を確認していなかったので、3時間経った後、窓の外を見ながら乗り越しをしない様にそわそわしていたら、前に座っている若い兄ちゃんが、「まだですよ。」とニコニコしながら教えてくれた。悪いやつではなさそうだ。

(フローレンス到着)
すっかり暗くなった広いホームに到着すると、イースター休暇を楽しむ、大きな荷物を持つ人々でごったがえしていた。
右も左もわからないので、近くにいた警官にTAXI乗り場を教えてもらった。乗り場には数組の旅行者がタクシーを待っているが、なかなかやってこない。新居浜の敷島通りとは違う。都会にはタクシーが少ない?やっと来たタクシーに乗りこみホテルの名前を言うと、ほいほいと出発し、駅前をぐるっと回ってホテルに到着した。15000リラ(約900円)、そんなものかと支払い、翌日ホテルで地図をもらって位置を確認したら、ホテル(LONDLA)は駅のすぐ裏手にあり、歩いて5分とかからない所にあった。

ビーナスとの出会い
急な予定変更で、フローレンスに関する予備知識が全くない。持参したイタリア観光ガイドで調べると、「花の都フローレンス、ルネッサンスの中心地 …」とある。そしてウフィッチ美術館にはルネッサンスの代表作が展示されている。ボッチチェリの「」「ビーナス誕生」、ティチアーノの「ウルビーノのビーナス」「フローラ」等々。「フローラ」は今東京美術館のイタリア展に出張中だが、こんな所で「ウルビーノのビーナス」の本物にお目にかかれるとは思いもよらなかった。

ホテルを出て、大聖堂(Duomo)の人ごみをぬけ、まっすぐ美術館に向かった。歩いて30分程度で、あまり大きな都市ではない。ところが美術館の前は長蛇の列で、しかも全く進まない。第一、門が開いていない。行列のすぐ後ろの米国人らしいお年寄りのカップルに開門時間を確かめると、やはり8時半だという。もうすぐ10時になるというのに、時間が変更になったのだろうか。「これがイタリアですよ。」と彼らは意にも介していない

ただ待つのも時間がもったいないので、開門まで、近くのミケランジェロ広場に行ってみることにした。寒いし、地図で見ると丘の上までは距離がありそうなのでタクシーをひろった。丘の上の広場からはフローレンスの街が一望できる。赤いレンガ一色の街並はベニスと同じで、典型的なイタリアの街の風景なのだろう。中央にDuomoのドームがひときわ高く目立っている。
今度は、近道を歩いて降り、ピッティ宮殿に向かった。裏庭のポポリ庭園は代表的なイタリア風庭園だと言うが、当時の富の象徴に圧倒される。

さて、貴金属店が軒を連ねる「古い橋」ポンテ・ベッキオを通り、もう一度美術館に戻ってきた。行列は全く改善されていない。しかし良く見ると、並んでいる顔ぶれが変わっている。どうも入場制限しているらしい。仕方がない。今回の旅の本命だ。並んで待つより他ない。すぐ横のアルノ川から吹き上げる風は冷たく、並んでいる人は皆冬仕度している。4月の半ばだと言うのに。
行列は、コの字の建物の屋根の下を半周し、中央の広場にはみやげ物売りが店を広げている。と言っても、この商売人たち(ほとんど黒人)は、手作りのダンボールの台にダンボールの商品陳列台を載せ、品物を上に固定している。そのうち雨が降出してきた。と、あっという間に広場には誰もいなくなり、雨がやんだらいつの間にか元通りの出店になっている。警察が2人パトロールに来た。すると、また店が消えている。全くフットワークがいい。

寒さに震えながら待つこと3時間あまり、やっと屋内に入り切符を買うことが出来た。と思ったら、電光掲示板に、「ただ今の待ち時間: 屋外150分、屋内60分」とある。もう少しわかりやすい所に表示してほしいものだ。それから更に1時間待ち、4時間待ちでついに入場することが出来た。まず、冷え切った身体を温めるため、建家の中にあるレストランでひとやすみ。すっかり遅くなった昼食で体力を回復させ、いよいよ「ビーナス」に会いに行った。

この絵を掲載する許可がないので、興味のある方は、以下のサイトでご覧下さい。

ウルビーノのビーナス」は、おっぱいが小さく、お尻が大きく、お腹がふっくらとしており、これがこの時代の標準体形なのだろうか。現代の欧米女性より親しみやすい体つきをしている。次はボッチチェリの展示場で「」「ビーナス誕生」を観賞した。有名な「受胎告知」もあったが、宗教画には興味ない。
結局、入場制限は建物の強度を考慮するという表向きの理由で、一度に780人までしか入場させないことによるらしいが、外で震えている人がいるおかげで、内部は全く混雑なくゆっくりと絵を楽しむことができる。

しかし、それにしても4時間待ちはひどすぎる。こんな情報こそ、ガイドブックに正確に載せてほしいものだ。

一口メモ  イタリアに公衆浴場?

初めての街に着くと、ホテルのフロントででまず地図をもらう。フィレンツェのホテルもフロントの若い女性が笑顔で応対してくれるので、つい何度も足を運び、バスのルート図、レストランの紹介等々、聞く度に違う地図を出して説明してくれたので、同じ街の地図が4種類も手元に残った。
その内の1枚に、Public Bathの印が、街の要所要所にある。イタリアにも大衆浴場があったとは。と思い、ぜひ一度様子を見てみようと、ホテルの近くの場所を確認した。???あんな所に公衆浴場があったかな??

よくよく見ると、そのマークは、男女が並んでいる公衆便所の印だ。全く英語はまぎらわしい。Toiletで十分だ。いくら習慣だからと言って、トイレをわざわざバスルームと言うことはないだろう。どうもなじめない。

あまり親しくない外人に、名前(First Name)を呼ばれることがある。あまり好い気分ではないので、「日本にはそんな習慣はないから苗字で呼んでくれ。」と言うことにしている。

(To be continued )


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